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平成二年 参拝クラス会

松崎  修

 前日来危ぶまれた天気も今日はからりと晴れ、靖國の御社は初夏の深緑に包まれて、何時に変わらぬ荘厳なたたずまいで、その日の朝を迎えた。

 四月以降、その日の為に準備を重ねてきた幹事一同が緊張して待ち構える中、今年も懐かしいご遺族・級友の顔が続々と続き、定刻十時には昨年を上回るご遺族七十二家族、百十四名、教官及び生存者百四十六名の受付が終わった。

 次いで昇殿参拝に移る。

 神主の祝詞奏上に引き続き、本年が我らの入校五十周年に当たることから、特に幹事がお願いした樋口 直君の捧げる祭文が、朗々と社殿に響く。年に一度の戦友と邂逅の日、平素の俗塵を離れて旧友と語り合う一時、感謝と反省の内に万感胸に迫る。

 ご遺族・級友代表の玉串奉奠の後、一同黙祷して戦没級友の冥福を祈り、今年も滞りなく式は終了した。

 懇親会は例年の通り九段会館に於いて十一時から安藤幹事の司会により開かれた。小沢幹事の開会挨拶に続いて戦後物故の級友を偲んで黙祷を捧げた後懇談に入る。

各教官からの恒例のご訓示は、やがて古稀に向かう我々への戒めと受け取った。

本日の圧巻はご遺族を代表してご挨拶をいただいた故武田晴郎君母堂,本年九十七歳を迎えられた富士江様のお話であった。「皆さんも私の年まで生きて下さい」との一言には動乱の昭和を生き抜いて来られた人のみが言える重みが感じられ圧倒された。

軍歌係、高崎生徒の発声は益々磨きがかかり、これに唱和しての軍艦マーチを締め括りとして懇親会の幕を閉じた。

ご参詣のご遺族のうちに、ご両親のお姿がめっきり少なくなってしまった。当然の事とは申せ本当に淋しい。替ってご兄弟,ご姉妹の方々がご参加の中心となり、中には故人の記憶さえないと思われる甥,姪ごさんの若い世代の方々に引き継がれつつあるのを見て誠に有難いことと思う。
 今年もご遺族の懇親会へのご参加は少なく、昨年よりは大分増えたものの、本日参詣者の約半数に過ぎなかった。折角ご参加の御遺族にどうしたら満足して戴けるかが毎年の幹事最大の関心事であるが、「息子の事を聞けないなら参加してもつまらないから」とご欠席になったお母様もおられたと聞く。誠に申し訳ないことと思うが、今年はどうであったろうか。

出席者  氏名掲載略