TOPへ 

第四回戦闘機会

飯野 伴七

 平成八年十月二十二日〜二十三日群馬県水上温泉に於いて地元前橋の林 藤太幹事の企画設営により開催された。参加者は恒川夫妻始め二十名(内夫人一名)。

 残念乍ら第三回大会幹事を引受け、関西宝塚で開催してくれた河野俊通君が、直前の十月八日に逝去、その顔を見る事が出来ず残念であった。共に幹事役を引受け、又最後迄世話

連絡に当った石井が発病から斗病状況を詳細に報告した。

 会場は水上温泉の古い由緒ある水上館、川に面した高層館の豊富な湯に浸り、深く断崖の下を流れる清流と両岸を彩る紅葉を楽しみ一八〇〇より総会を開き続いて懇親会開催。

二〇三〇第一次会閉会、二次会も幹事部屋に集合して盛り上った。

 翌二十三日谷川岳を望む天神平に向い、折からの満山の紅葉をケーブルカーより心行く迄愛で、雄大な山容を仰ぎ、少々寒気を覚ゆる天神平で昼食を済まし再び水上に戻り、杜

の公園にあるトリックアート美術館の手の込んだ特殊美術を観賞、一四三〇真鍋他五人、藤田の車に便乗、栃木県市貝町の故小松 弘君墓参に先行出発、残会員一同は新幹線上毛高原駅に至り解散、乗車して帰郷した。

 次回は京浜地区で担当する事となり飯野が代表して挨拶した。九年には七月になにわ会北海道巡航があるので十年の春頃に開催する予定である。