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平成九年参拝クラス会記

  北村 卓也

 なにわ会年間最重要行事である靖國神社参拝クラス会は、六月四日午前十一時から行われた。当日は今にも雨が降りそうな曇り空であったが、たいした降雨もなく、諸行事は予定とおり遂行することが出来た。

 一段とさわやかになった境内に於いて、午前十時より、前年度幹事諸兄の応援も得て受付を開始、程なくご遺族、級友が続々と受付を済まし、境内には挨拶を交わしたり、再会を懐かしむ談笑の声が拡がった。話しの輪は次第に控え室に移った。

 定刻十一時から昇殿参拝慰霊祭は行われた。神事は厳粛な雰囲気の中に始まり、例年の通り拝殿に於いて、神饌の儀、祝詞奏上を行い、続いて祭文奏上であるが、今年は祭文に代え拝殿に於いて、薩摩琵琶による「雄魂千戴の賦」を奏上した。献詠と献蝉については後述する。

 琵琶が始まると時を同じくして俄雨があり、社頭の若葉はいよいよ目に鮮やかに映り、一段と静けさが増し、その中にあって、献詠と献蝉の音のみが朗々と流れ、響いた。英霊も  さぞかし驚き、且つまた喜ばれたに違いない。

続いて本殿に於いて、ご遺族代表、岩波正幸様、北村千代様、門脇尚一様、岡種比古様、級友代表池田幹事による玉串奉奠を行った。そして一同黙祷を捧げ、ありし日の姿に思いを致し、御霊の安からんことを祈念申し上げ、昇殿参拝慰霊祭は滞りなく終了した。

 本年度の昇殿参拝者は総計で二三八名であり、昨年に比して十九名の減であった。出席者はご遺族一一〇名、生存者一二八名であり、年々齢を重ねて行く。時の変遷を強く感じた。

 薩摩琵琶については、泉 五郎君から、曲譜の由来、「雄魂千載の賦」を当日配付されたので、その資料を添付する。

 

  曲譜の由来 泉  五郎

 平成五年十一月卒業五十年に当たり、有志とはかり沖縄北方海域で飛鳥船上に於いて戦没期友の洋上慰霊祭を執り行いました。此の際、ご参加できなかったご遺族の方々にも、

その模様をなんとかビデオに記録、ご報告しようと考えていましたが、素人の悲しさ、準備不足と撮影条件が悪く、折角のビデオも尻切れトンボの些か不出来なものになってしま

いました。

 そこで当日の祭文に当たる慰霊の献辞だけでも、テープにしてご遺族に配布したいと考えましたが、それには薩摩琵琶がぴったりかと思い、名手森園史城さんにご相談したところ、全面協力のご快諾を頂きました。ただ薩摩琵琶として若い人にも聞いて頂くためには、七五調で五六百字以内が限度ということで、色々推敲を重ねました。

 琵琶曲として奏者には大変申し訳無い拙作ですが、同じ海軍に身を投じた森園史城さんの、熱き思いの送る弾奏、精魂を込めての作曲に加え、幾度もの稽古を積んでのことと思

われる語り口は、側々として聞く人の肺腑に迫るものがあります。今回図らずも靖國神社の社頭に於けるこの琵琶献弾により、故人への思いを深めて頂くことが出来れば、喜びこれに過ぎるものはありません。

 テープご希望の方には無料で配布致しますので、ご遠慮なくお申し込みください。回を重ねて聴く毎に味わい深くなる薩摩琵琶の醍醐味、どうか静かな夜にでも故人を偲びつつ耳を傾けて頂ければ幸です。

 森園 史城氏 プロフィール

 本名 森園 安男(七七期)竃L建築事務所所長

(設立昭和36年 所員40数名)

   〒107 東京都港区南青山五−九−十五

     笘氏@0334093546

正伝薩摩琵琶普門院流二世宗家 

毎年春の明治神宮大祭に神前にて宗家と共に琵琶奉納

正伝薩摩琵琶士弦会理事長

(士弦会名誉総裁は津島家31代当主忠秀氏)

毎年秋に東京芸術劇場にてリサイタル開催

 

 薩摩琵琶 雄魂千載の賦

           献詠 泉  五郎

           献弾 森園 史城

 ときはこれ 昭和の御代も 十八年 雌伏三歳 若武者の 今我こそは 国難に 魁たらんと 奮い立つ 健児七百有余名 江田島 舞鶴 築地をあとに西東 征途につくや 忽ちに 散るや 無惨の 若桜 残る櫻も 散る櫻 花の都は 靖國の 春の梢に 再会を 約せしことも 仇なれや 過半の戦友を うしないて 今老残の 古稀の秋

 瞼にうかぶ 若武者の 君は何処に 眠るらん 千尋深き 海の底 鉄の褥に 寒々と 岩を枕に 打臥すや 醜の御楯は 軍人の 本分なるぞと 誰が言うや 赤き血燃ゆる その命 愛しきものの 為にこそ 捧げまつるも 惜しからめ そは父母か はらからか いまはに呼びし 人の名は 心に秘めし 乙女子か

 命惜しまぬ 益荒男の 獅子奮迅と 戦へど 悲報相つぐ 我が護り 死中に活を 求めんと 挑む決戦 特攻隊 ああ無惨なり人の身の 爆弾となり 空を征き 魚雷となりて 海を征く 壮烈神風 回天の 千々に砕けて 我が友は 跡形もなく うせけるか ああ神も泣け 鬼も泣け 何処におわすや その御霊

 あな浅ましき 世なれども 千載の後 定まらん 君が勲し 殉国の 勇気は永遠に馨るらん

  

 懇親会は、ご遺族、級友の懇親を一層深めていただくため、  

場所を広く取ることの出来る九段のパレスホテルに移し、十二時三十分より藤田幹事の司会で始まった。小林幹事の開会挨拶、ご遺族代表岩波正幸様のご挨拶、続いて柳田教官のご挨拶、乾杯の予定であったが、柳田教官体調をくずされ欠席と相成ったため、池田幹事が代理をつとめ懇談に入った。会場は机で二十グループに分け、バイキング方式で行った。

 参加者の多くは高齢であるので料理は多少加減したが全部なくなり、担当幹事は心中穏やかではなかった。酒顆は充分用意したが多く余ってしまった。話しがはずみ飲むのを忘

れたのか、やはり年と共に弱くなったのかは不明である。参加者の歓談は時間の経過も忘れる程であったが、所定の時間も迫り、例年の通り「同期の櫻」を声高らかに歌う。最後に来年の再会を約し北村幹事の音頭でなにわ会の万歳を三唱、小林幹事の閉会の挨拶で名残り尽きない懇親会の幕を閉じた。

 終りに、ご遺族の方々から過分のご芳志を賜ったことを報告し、心から感謝致します。

 参加人員に多少の減はありましたが皆様の御協力により参拝クラス会を予定通り終ることが出来ましたことを幹事一同感謝しております。何かと不行届きの点もあっ思いますがご容赦下さい。

 級会伝達事項としては、なにわ会「ニュース」の主幹押本直正君より体調不良につき辞意の表明があったが、長年の編集・発行人をもっては変え難いことであり、今後も続けて行くことを、お願いした。但し校正係として、山田良彦君、鈴木脩君、窪添竜輝君、北村阜也君にお願いすることになった。

   参加者氏名 掲載略