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なにわ会埼玉県在住者の会

川越市在住 東條 重遣

 埼玉県下には現在兵科九名、経理三名が住んでいる。十二名の内、埼玉県出身者はというと柴田君一人だけである。大部分は昭和四十年以降に当県民になったようだ。

 皆さん土地にも、近隣の人たちにも馴染みがうすい。だがこの齢になっては交際を広めることもならず、またこの地に骨を埋めるしかないように思われる。せめてなにわ会の皆さんとの交友を深めておいてはと柴田、岩本君と語らい表記の会をもってはと云うことになった。

 岩本君の筆まめに槌って全員にアンケート、結果賛成多数で平成十年十一月十五日川越集会となった次第。三浦八郎、吉江幹之助、柴田英夫・美穂夫妻、岩本 修・正枝夫妻、東條重道、以上兵科、槇原秀夫、吉江正信、以上経理

東武東上線、JR線共通の川越駅に十一時集合、小江戸巡回バス(川越は自分の街を小江戸と呼んで自慢する)で市内観光にはいる。川越唯一の古刹喜多院へ。徳川家康の遺骸を

四日間留めて大法要を営んだ東照宮、江戸城から移された家光の誕生の問・春日の局の化粧の間と見せ場の喜多院書院から名園を観賞し、五百羅漢をまわり七五三でごったかえす菊花展を覗く。続いて川越が売り出し中の蔵造りの衝へ。町並みを見渡しただけで昼食予約の時刻が迫り、蔵造りの街は詳しくはまたの機会にしようと、表通りの蔵造りの商家とみやげ物店を横目に見ながら、昼食会場へ急いだ。

柴田君設営の料亨福登美は近代式美邸。岩本君の音頭で乾杯。歩いたあとのビールの喉通りの旨かったこと。先ず空腹を満たそうと杯を重ねる。話題は孫や子のこと、健康のこと、経済不況のこと皆さん意気揚々。頼もしい限り。語らいの間にこの会の事を相談する。全国規模でのクラス会はお世話できなくなる懸念もなくはない。近くの者が集まって語り合うようにしよう。埼玉県内にこだわることはない。どこからでも参加できる人は来てくれればよい。年に一回というのでなくてもいい、場所はどこでもいいお世話できる人が立案してくれればいい、堅苦しく考えないでやろうという事になる。取りあえず埼玉県在住のクラス未亡人、ご遺族のご希望のある方を含めて近隣のクラスにも声を掛けてみようと云うことに落ちつく。

 話題百出、酒量衰えずビールビン林立、予定時間一時間延長して名残り尽きないが来春桜見物しょうと衆議一決、所沢組が設営を約して解散した。