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平成22年5月2日 校正すみ

伊佐弘道君への弔辞

多胡 光雄

 

旧大日本帝国海軍 海軍大尉 伊佐弘道君の霊に海軍兵学校第72期生を代表して慎んで弔辞を申し上げます。

  君は去る3月16日、水交会で開催された第72期艦爆会の幹事として、準備段階から当日の進行、後日の記念写真の配布まで、見事にやり遂げてくれました。

その時、君は元気そのもので、これからも年一回の再会を約束しましたね。

それから未だ3月しか経たない今、このような姿で再会するとは、誠に情けないではないか、残り少なくなった艦爆会の一人として、悲しみに耐えがたい気持ちでおります。

思えば、我々は同じ海軍の道を歩んできましたが、君は海軍大佐の父君の三男として、大正11年2月18日生を受け、尊敬する父君のあとを進むべく、早くから海軍を志し、それも飛行機に目標を定め、昭和15年12月1日海軍兵学校第72期生徒として念願の海軍の籍に入りました。昭和18年9月15日、2年10ヵ月の兵学校生活を無事卒業するや、希望どおり飛行機の道を得て、霞ケ浦航空隊での赤とんぼ訓練に励んだのでした。約5ケ月後、急降下爆撃を攻撃戦法とする艦上爆撃機操縦員となり、その技量を私と一緒に百里が原航空隊で磨きました。

昭和19年7月、飛行学生の全教程を終了するや、君は第一線に向う戦友と別れて艦爆飛行隊の教官として百里が原航空隊に残り、後輩の指導教育に専念されました。その頃我が国の戦況は厳しさを増し、19年10月にはフイリッピンにおける特攻隊攻撃が始まり、続く沖縄戦はほとんどすべてが特攻攻撃による戦法によらざるを得ない状況になりました。20年4月には、ついに君も特攻隊要員として九州国分基地に進出しました。ここで暫く命令を待つ間、高熱にとりつかれて、出撃を見合わせていましたが、そのまま特攻隊からはずされ、百里が原航空隊に帰還されました。その後、大本営の飛行機温存政策により、出撃の機会のないまま終戦となりました。

戦後の海軍軍人の生活は、敗戦の責任を問われ、誠に厳しいものがありました。

君は持ち前のやる気を発揮され、一旦は日本航空の社長を訪ねて入社を希望したが、社長から別の道をと勧められて断念したとのことですね。そこで、やむなく電気関係製品の輸出をする貿易会社を設立し、約十五年間社長として、経営に携わりました。その後、縁あって国際計装鰍フ営業部長に就任、大いに活躍されましたが、定年を3年延長された65歳で退職されたのですね。

しかし、君は楽隠居の暮らしはとらず、自己啓発の一つとして早稲田大学の市民大学に進学しました。そこでは昭和史を専攻され、毎週一日の通学を昨年まで7年間休まずにやりとおしましたね。やる気満々の君の面目躍如でした。その間、平成10年には、一人娘の(ゆかり)さんが留学していた大学の所在地、イギリスへご夫婦で出かけ、さらに、ヨーロッパ数ヵ国を観光されて楽しい思い出を残されました。そのほか、ご家族に対する思いやりはなかなかのもので、同期の者はいたく感心させられました。

自らの健康管理についてもたいしたもので、54歳の時には、それまで一日40本のタバコをすっぱり0本にしてしまったそうですね。私は2、3年前まで吸っていたので、その頃のある日、君はまだ吸っているのか、と感心されて恐縮した覚えがあります。

ゴルフはつとに始められ、その腕前はなかなかのものでした。特にグリーン周りにおけるジガーの扱いは見事でしたね。私はそれを真似して、早速ジガーを買い求め、君を追いかけましたが、なかなか追いかず、君のCGCコンペ優勝二回の快挙には遠く及びませんでした。

君の運の良かったことを思い出しました。百里が原航空隊の飛行訓練中、君が同乗していた飛行機が不時着しました。急ぎ救助のため、現場に行ったところ、畑の中で、飛行機は裏返しに転落しております。これでは、とても生きていないだろうと、諦めましたが、なんと畑を堀空け、けろっとして出てきました。 

運の良いことは、その外にも、大正12年の関東大震災の時、鎌倉の海軍官舎は全壊してしまったが、一歳の君は紫檀(したん)の机の下に転がり込んで無事だったと聞いたことがあります。今回の病気も引き統き、運の良さで早く全回するだろうと期待しておりましたが、残念でした。

主治医は海軍兵学校3年後輩のベテランとのことで、君はその医師の温熱療法を全面的に信用し、自ら進んで安心して治療を受けていたと聞きました。つねづね行動に現れていた信念をもっての闘病と思われ、寿命による最後となったことと本人としては満足しているのではないでしょうか。

最後に今までの暖かいご厚誼に深く感謝するとともに、安らかに眠り給えと心からご冥福をお祈り申し上げます。

平成14年7月1日

海軍兵学校第72期生代表

多胡 光雄

(なにわ会ニュース87号21頁 平成14年9月掲載)

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